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第4話 松本・大町  [黒い玉手箱]

 黒い玉手箱
(愛知県在住時代の若いころの思い出話)

2年間に渡って書いてきた思い出話も
るは愛知県から北海道に帰るときの話のみとなりましたが
記事を書いていると、二度旅行をした気分になってしまいます。

それではまた41年前の父との旅を
思い出しながら二度目の旅をブログで楽しみたいと思います。

前回は愛知県を出発しての一日目
上高地までの思い出話をしましたが、その続きになります。

(写真やパンフレットは全部当時の古いものです)

 

昭和48年7月27日(愛知県を出発して二日目)

前の晩08.jpg

上高地と松本の国道の中間にあった

小さな旅館(右の写真)に宿泊して

松本市に向かって出発しました。

もう41年も前のことなので

くわしいことはほとんど

覚えていませんが、この旅館は

民宿のような感じの静かな旅館でした。

 

 

旅館から松本市は近かったのでimg001 (13) - コピー - コピー - コピー.jpg

朝早く松本城に着きましたが

私はたしか二度目の

松本城見物だったと思います。

城を見て歩くのも好きだったので

愛知県在住時代に

地元愛知県の
名古屋城、岡崎城、犬山城、新城市の長篠城跡、それから
滋賀県の彦根城や岐阜県の岐阜城などを見物しましたが
名古屋城や岡崎城と違って、
古いままの状態で保存されている
松本城を父に見せてあげたいと思って
立ち寄ったのです。

北海道にはこんな古い歴史の
建物なんかないので、父は大変喜んでいました。

img001 (2) - コピー.jpg

 

松本城を見てから北上

ちょっとこのへんで
思い出したことがあるので話は横道に入りますが
私がトヨタを退社する前の年か、退社する年かと思います。

高校を出たばかりの若い女の子と会話をすると
よく「そうずら」と言うんです。

恥ずかしがらずに方言を丸出しなんですが
それがまた新卒の初々しい女の子に良く似合っていたし
とても素朴な感じの方言に感じたので
私は
「どこの出身なの?」って聞いたことがあったのです。

その女の子が
長野県の北安曇郡と言ってたのが印象に残っていました。
なにせ私は信州にいっぱい興味があったので
信州は方言までいいなぁ~なんて思ったのでした。

 

話は元に戻りますが
松本市から豊科町(現在はあちこち合併して安曇野市)に入り
豊科町を北に向かうと、この北安曇郡になりますが
間もなく
立山黒部アルペンルートの長野県側玄関口、大町市

この大町市の印象がすごく強く、青空ときれいな山景色
活気が感じられる明るい街の印象が残っています。

img001 (2).jpg

 

いよいよ高校時代に
映画のポスターを見て知った
黒部ダムが近くなってきました。img001 (15).jpg

 

それにしてもこんな駐車場の整理券まで
よく捨てないでとっておいたもんです。

松本市からこの駐車場に着く間に
父に言った言葉を覚えているのですよ。

父さん
 
黒部ダムは高いところにあるんだから
 何かもう1枚着たほうが
いいんでないの

しかし扇沢駐車場も暑かったので、そのまま半そでシャツで
扇沢駅からトロリーバスに乗って黒部ダム駅に行ったのです。

標高1,470mの高いところにある黒部ダムでしたが
大勢の人で賑やかで、下界と変わらぬ暑さでした。


 

第5話に続く


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