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冬も半分終わり [日記雑感 22年]

1月の中旬過ぎたころから厳寒期に入り
-20度以下の日が8日間連続しましたが
その後は―16度~ー19度の日が5日間。

まだー17度や-19度の日が多いですが
5度位暖かくなったのですごく楽に感じます。


1週間前に今冬の最低気温を更新
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厳寒期のピークも過ぎたようなので緑のセンターに
行ってきました。我が家から500m程の距離なので
プー太が生きていた時はよく散歩しましたが
最近はさっぱり行く機会がなくなっていました。

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しばらく積もるような雪も降っていませんが
日中も氷点下なので積もった雪はあまり解けません。
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緑のセンター入り口には花の氷漬け
アイスフラワーとでも言うんでしょうか?

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入り口で検温と手の消毒を済ませます。
市民のためのものなので入場料は無料
北見市って気前がいいんです[わーい(嬉しい顔)]
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緑のセンターですが実は厳寒の地・北見にも
温室があります(一番上の写真の左の三角の建物

温室と言ってもそんな立派なものではありません
こじんまりとした小さめの温室です。


この通路を通って温室へ
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通路を通って温室のドアを開けると
ソテツなどさまざまな熱帯植物があります
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花の鉢物もけっこうあります
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温室内と外の気温差が大きいため寒い季節は
いつも上からポタポタと水滴が落ちてくるので
ところどころに水滴を受けるバケツを置いて
あります。これも寒い北見らしいところです。
DSCN5321.JPG

4月の半分ほどは最低気温がまだ氷点下
ゴールデンウイークの5月初めになっても
朝の氷点下の日はそんなに珍しくありません。

1年の半分は冬のようなもの[exclamation&question]

それでも節分・立春と続いたので、長い北見の冬も
ようやく折り返し地点が過ぎた気分になりました。


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頑張れロコ・ソラーレ [日記雑感 22年]

2大会連続メダルを目指す
ロコ・ソラーレ」が
黒星スタートのあとは3連勝[exclamation]



DSCN5359 (2).JPG

夏の東京五輪はほとんど観ませんでしたが
冬の五輪は大好きなジャンプにスケート。
そしてわが北見市誇りのロコ・ソラーレの活躍
北京五輪のテレビ観戦に毎日夢中になっています[わーい(嬉しい顔)]

4年前の感動とフィーバーを再び。

みなさんも応援してくださ~い[exclamation×2]



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確定申告

今年もスマホで確定申告をしました。
昨年初めてスマホで確定申告をしたときは
多少の手間がかかって目もだいぶ疲れましたが

スマホ2度目の今年は国税庁のホームページから自分の
昨年度のデータを呼び出して、収入などの変更する
数字を入れ直して送信するだけなのでとても楽でした。


DSCN5257.JPG


源泉徴収票など添付する必要もなく
混雑する税務署に行く必要もないし
楽ちんでもうやめられません^^♪

源泉徴収票や各種領収書などは5年間手元に保存義務

 

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伊吹山の頂上 [プー太の父の資料館]

厳寒の北見にもようやく春の気配[exclamation×2]

昨日の朝は-17度でしたが日中はプラス7度まで
気温が上昇しました。昼間もまだプラス気温になる
ことが珍しいのに7度なんて感激の暖かさです[わーい(嬉しい顔)]

これで銀メダル獲得のロコ・ソラーレが
北見に帰ったら、北見・網走・紋別など
オホーツク地方はいっぺんに春になりそうです。


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「プー太の父の歴史資料館」オープン[ひらめき]


先日テレビで滋賀県最高峰の
懐かしい伊吹山登山の様子を観ました。


以下テレビ画面です

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私も一度だけ伊吹山の頂上に立ったことがありますが
21歳か22歳のときなのでもう50年ほど前のことです。

ただしあの頃は登山にまったく興味もなかったので
関ヶ原のほうから有料道路を走って伊吹山9合目
あたりにある広い駐車場に車を停めて残りは徒歩でした。

少し登ると大きな石がゴロゴロと転がっていて
やや遠くに神社のような建物などが見え、さらに
近づいてみたらそこには神様を祀ってありました。

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山が信仰の対象になってることを知らなかった
こともあって自分がイメージしていた山頂と違い
伊吹山の頂上はすごく神々しく感じたものです。

そして今も記憶に残っている懐かしい
神様の像がこのテレビ画面です。

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神様として私の記憶に残っていたのは
ヤマトタケルノミコト」でした。

私もここに一度だけ立ったんですよ
あれから50年も過ぎたんですね~
涙が出そうなほど懐かしいテレビ画面でした。
出来ればもう一度ここに立ってみたいものです。

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ここからが今日の記事の本題

「プー太の父の歴史資料館」シリーズ1回目

それではさっそくあのとき伊吹山に
行ったときの証拠をお見せいたします。

ただの紙切れも50年経つと宝物[わーい(嬉しい顔)]
これは有料道路の料金所でもらった絵葉書です
img001 (3).jpg

こちらは通行券。絵葉書にもこの通行券にもあの日の
日付がないのが残念。当時の通行料金は800円でしたが
ネットで調べてみたら現在は3140円のようです
img001.jpg
こちらは別なときに訪れた伊吹山の近くにあった
関ヶ原合戦の様子を史実に
基づいて再現したと
いわれる関ヶ原ウォーランドの入場券です。

これも日付なしですが確か52年前
img001 (4).jpg

下は琵琶湖大橋の通行券

伊吹山や関ヶ原のことはよく覚えてますが
琵琶湖大橋など渡った覚えがまったくありません。
でも鮮明に昭和46年8月29日の日付が見えるので
たぶん涼を求めて琵琶湖までドライブしたのでしょう。

あのころ就職先近くの名古屋で免許を取ってから
数年間、愛知県から故郷北海道の日本最北端までの
往復を始めあちこち走り回りましたが伊吹山に
行った時はたぶん22歳のときかと思います。
こちらは日付バッチリ
今から51年前の琵琶湖大橋通行券
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また、伊吹山や琵琶湖周辺というと
彦根城にも車で行ったことがありましたが
こちらは入場券も何も残っていませんでした。

「プー太の父の歴史資料館」シリーズ

年に何度か昔のものをお見せしたいと思いますが
50年ほど前のものがたくさんあります。

関東の皆さま
若かりし頃の私が東京都内を走った50年前の
日付が入った首都高速の通行券も何枚かありますよ。

関西の皆さま
大阪万博の入場券もあります
東北の皆さま
会津磐梯山スカイラインの通行券も

長野県民の皆さま
こちらの資料が一番たくさんあります
なにしろ一度住んでみたいと憧れの地でしたから

その他いろいろあるので乞うご期待です\(^o^)/




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