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公務員断念の旅 [黒い玉手箱]

先日のブログに書きましたが、黒い箱の中に入ってる思い出の記録を見て
思いだす範囲内で古い思い出を書いてみたいと思います。
しばらくの間
黒い玉手箱シリーズ」として時々書く予定です

高校を卒業して愛知の方に行ってからの5年間の思い出

最初に、一枚の国鉄の急行券からいろいろ思いだしてみます。

img004.jpg

1968年(昭和43年)8月19日

この年の4月に最北の村から愛知の方に行ったばかりなのですが                       その4ヶ月後に愛知から北海道の旭川まで行くことになりました。

高校生の時に国家公務員の試験に受かってたのですが、その空きが
出来たようで「旭川工業高等専門学校」事務職の面接の連絡があったのです。

てっきり採用してもらえるもんだと思って面接にいったら
1人の採用枠に、私の他に2人面接にきてまして結局不採用でした。

「北大の事務職員」の面接に続いて
2度目の不採用となったので、国家公務員になることを諦め
腰掛のつもりで行った愛知県に5年と3カ月間住むことになりました。

この年世の中ではどんなことがあったのだろうかと                                  ネットで調べてみたらいろいろありました。

三億円強奪事件

川端康成がノーベル文学賞受賞

〒郵便番号制スタート

岐阜県で観光バス2台飛騨川に転落して死者・不明104人

札幌医大の和田教授が日本初の心臓移植をする。

その他にもいろいろ事件がありましたが
三億円事件には世の中みんなびっくりして、その話題で賑やかなものでした。

そのときの思い出が一つだけありました。

国鉄の列車で愛知県豊橋駅から東京へ行き
そして東京から青森へ向かう列車の中で、向かいの席に
私より少し年上のような若い外国人の男性が座っていました。

私は田舎者で、あまり外国人を見たことがないもので興味津津
英語なんて話せないのですが
単語を並べたらなんとかなるだろうと思って話しかけてみました。

「キャンユー スピーク ジャパニーズ[exclamation&question]

すると外人さんも待ってましたとばかり目を輝かして

「キャンユー スピーク イングリッシユ[exclamation&question] 

私が「オー ノー」と、すまなさそうな顔をすると

外人さんがポケットから会話用の辞書を出しました。

その辞書を通じていろいろ話が出来たのですが                                                         その男性はアメリカ人かと思ったらドイツ人でした。                                         

福島県の原ノ町の友人を訪ねるということで
途中でお別れしましたが、旭川へ行く途中の楽しい思い出です。

もう44年前のことはほとんど忘れてしまったので
帰りはどうやって旭川から愛知へ戻ったのか何も記憶がありません。

ぼんやり覚えてることは
私が旭川まで行ったのに田舎に帰る余裕がなかったので
田舎の父親が旭川まで出てきて、旅館で一緒に一晩泊まったことくらいです。

というわけでこの急行券、私には公務員を諦めるという嫌な思い出で
本当は
破り捨ててもよかったものなのに、大切に保管してありました。

さて次回の思い出話は愛知に戻ってから1カ月後の9月                             

自転車で国道1号線を走り、愛知、静岡、箱根、熱海                       そして伊豆大島に行ったことを、思い出して書いてみたいと思います。 

                                    


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